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第714号 2022/07/30

 ☆………………………………………………………………………………………☆ ☆    Let's go spiritual with your angels☆ 第714号 2022/07/30    ☆  ☆ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄☆ ♪人生をエンジェリックでハッピーにしたい、あなたのために♪ ☆1… 癒しの力 ……………………………………………………………………☆ 癒しは、修正ではありません。 自我をより良いものに変えるとか、自我の悪い部分を良いものにする というものではないのです。 愛は、この世界の常識の範囲では理解されず、自我によって作り出された言葉も、 その意味も、愛がどのように作用するかを、正確に表すことはできません。 癒しは、自我を看過して、それに隠されていた真の心を指し示すことで、 私たちの心に正気を取り戻させるのです。 癒しによって、自我に覆われていた心の中に、真の心が現れます。 心の中の自我の占める領域が小さくなり、隠されていた本来の心が 自我の代わりに現れるようになるのです。 それは、雪解けを迎えた大地のように、まだらになっているようなもので、 意識的に、はっきり捉えることはできません。 しかし、本来の心の占める領域が大きくなっていくにつれ、 思考は静かになり、安心が当たり前となり、リラックスしていられるようになります。 自我は、思考のレベルで、自分を説得して、思う通りに動かすことしかできません。 そして、その方法は、一度も、成功していません。 癒しは、心の構造そのものを変化させます。 そもそも言語レベルのものではないので、意識下で進行していくのです。 私たちは、気づく必要すらありませんが、それでも、混乱した私たちの心が、 より愛へと戻れるように、愛である神は、私たちに気づきを与えてくれるのです。 愛は、どこまでも、優しく、穏やかです。 騒々しい自我が気づかないうちに、癒しは進行し、やがて、その仕事を終えるでしょう。 愛である神に心を開け渡そうと意図したときから、 この計画は、確実に進められてきました。 それが終わるまで、愛は、止まることはありません。 自我の抵抗は、消え去るばかりであり、 私たちは、本来の心を取り戻すことができます。 ☆2… Pickupひとことガイダンス ……………………………………

第713号 2022/07/23

☆………………………………………………………………………………………☆ ☆    Let's go spiritual with your angels☆ 第713号 2022/07/23    ☆  ☆ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄☆ ♪人生をエンジェリックでハッピーにしたい、あなたのために♪ ☆1… 心の深部へ …………………………………………………………………☆ 愛のゴールに向かう私たちが進歩していくにつれ、 愛のもたらすものについての理解が深まっていきます。 癒しとは、私たちの心のどの場所にも、愛=神に入ってきてもらいたいという 私たち自身の許可によってもたらされるものであり、それによって、 自我と自我の認識のすべてを、愛で置き換えるということです。 自我は、それを恐れており、愛を拒絶してきたのです。 静かに座り、目を閉じて、心の中を探索し、自分だと認識しているすべての場所に 神に入ってきてもらいましょう。 例えば、とりとめなく流れる思考・・・・ 怒りや悲しみなどの感情・・・・ 何かをしたいというような欲望・・・・ それらの源だと感じられる信念・・・・ 体のどこかで感じている痛み・・・・ 床に触れている足の触感・・・・ 空腹感のように肉体の機能として当然だと思い込んできた感覚・・・・ 目を閉じていながら感じている肉体の形象のイメージ・・・・ それらを感じている心の部分を明確にし、その場所に、 神に入ってきてくださいとお願いしてみるのです。 ときには、神に隠しておきたい場所があることを認識するかもしれません。 入ってきて欲しいと依頼しながら、恐れを感じることもあります。 しかし、その恐れは、あなたの本質とは無関係の自我のものであり、 愛への依頼がうまくいっている証拠でもあります。 恐れに対抗したり、大丈夫だと言い聞かせたりする必要はありませんが、 癒しが進行していけば、恐れを感じている心の一部にも、 愛でないものが占めている場所として、愛を招き入れることができるでしょう。 自分の心の中に、愛でないものが占めていた場所を、 愛で置き換えてもらえば、心は、本来の状態を取り戻せるのです。 心の深いところに目を向け、そのすべての場所に、神に入ってきてもらいましょう。 ☆2… Pickupひとことガイダンス ……………………………

第712号 2022/07/16

 ☆………………………………………………………………………………………☆ ☆    Let's go spiritual with your angels☆ 第712号 2022/07/16    ☆  ☆ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄☆ ♪人生をエンジェリックでハッピーにしたい、あなたのために♪ ☆1… 光の到来 ……………………………………………………………………☆ 自我は、大きく、(1)顕在意識、(2)そのすぐ下の潜在意識、 そしてその(3)さらに下層の潜在意識に分かれています。 (1)顕在意識とは、他者に見せる顔のようなものであり、 作り上げられた自分と言い換えることもできます。 (2)潜在意識は、(1)顕在意識とコインの表裏のようなもので、 (1)顕在意識レベルでは、表面的に誰かの幸せを願いながら、 (2)潜在意識レベルでは、嫉妬し、不幸せを喜んでいます。 この(1)顕在意識、(2)潜在意識は、私たちが自分だと信じてきたものであり、 (2)潜在意識は、押し隠してはいるものの、どこかで自覚していて、 自分は悪いという思い込みを作り出し、自分を責める原因となっています。 (3)潜在意識は、(1)(2)の自分という意識に完全に隠されており、 自覚されることはありませんが、神と対立している部分です。 つまり、(3)潜在意識は、愛と真逆のものである恐れの住処であり、 その恐れが世界に投影されているのです。 自我としての私たちの意識(1)(2)は、(3)の潜在意識を恐れています。 そしてそれを完全に拒絶して、自分とは無関係だと言い張っているのです。 ですから、自分の内側に目を向けたときでも、(2)の潜在意識レベルまでは、 比較的容易に見ることができますが、そこから先に目を向けようとはしません。 しかし、自我内部で行なわれている拒絶が、自我がまるで実在しているかのように 私たちに思わせているのです。 見たくないものがある以上、(1)(2)のレベルの意識は有効だということになり、 手放すことができません。 (1)(2)意識的レベルの自覚されている自我にとって、癒され、自分が消えていけば、 恐ろしい(3)の潜在意識が自分となってしまうことになるからです。 だから、癒しが進行していくにつれ、私たちは、 (3)の潜在意識に目を向ける段階に

第711号 2022/07/09

☆………………………………………………………………………………………☆ ☆    Let's go spiritual with your angels☆ 第711号 2022/07/09    ☆  ☆ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄☆ ♪人生をエンジェリックでハッピーにしたい、あなたのために♪ ☆1… 清らかさの中へ ……………………………………………………………☆ 私たちの心の中には、神とひとつの部分、神に創造されて以来変化していない、 清らかな心があります。 それをハイヤーセルフと言い換えてもいいし、内なるマスターとか、 一体性(ワンネス)と言うこともできるでしょう。 私たちがかつて、自分を自我だと信じ込んでいたときには、 その場所は、自我によって覆い隠されて、見えなくなっていました。 ときに、瞑想やヒーリング中に、その場所を垣間見ることがあっても、 自我の勝手な解釈によって、その真実が認識されないようになってもいました。 どこまでも主体は自我であり、私とは自我のことだと信じられていたのです。 しかし、私たちは、今では自分は自我ではないことがわかっています。 そして、自我に与えていた主体を清らかな心へと戻し、 自我を従者とすることを選んでいます。 今や、心の中に自我が繰り広げる様々な幻想を見ても、それに惑わされることなく、 心の深いところへと入っていくことができます。 光を感じるのはごく自然のことであり、自我の思考や感情や形象を、 その光の中で、穏やかに見つめることもできます。 そして、光の中で、自我は癒されており、だんだんと、 その実体性の感覚も薄まっているのです。 自我に操られていたかのような心は、無意味な思考や感情から自由になっています。 私たちは、求めていた清らかな愛の光を、いつも感じることができるのです。 誤りがまだ見えていたとしても、それに対する愛の答えは、いつも同じです。 私たちが清らかであるという真実が、罪悪感を退け、苦痛の正当性を否認し、 私たちが誰かということを優しく告げてくれるでしょう。 清らかさとは、今、私たちがすでに持っている神の贈り物です。 それは私たちが、そして誰もが、何も悪くないということを教えてくれます。 悪は、どこにも、誰の中にも、実在していません。 だからこそ、私たちは、幸せでいるこ

第710号 2022/07/02

 ☆………………………………………………………………………………………☆ ☆    Let's go spiritual with your angels☆ 第710号 2022/07/02    ☆  ☆ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄☆ ♪人生をエンジェリックでハッピーにしたい、あなたのために♪ ☆1… 戦いのない心 ………………………………………………………………☆ 自我は、愛に対して、戦いを挑んでいるようなものです。 愛はすべてであり、本来対立するものなどありえませんが、 実在していない自我は、対立することによって、 まるで自分が存在しているかのように見せかけているのです。 自我は常に戦いを選びます。 意識的にも無意識的にも、それが戦いだと気づかないほど自然に、 自我は、あらゆるものと戦っているのです。 自分に害をなすと思われるあらゆるものに対して戦いを挑み、 平和や自由や幸せのために戦います。 誰かの振る舞いや心を変えようとすることも、 その方法がどうであれ、戦いそのものです。 この世界では、そのようにしなければ、自分の安全は守れず、 何も手に入れることができないと信じられてきました。 しかし、愛は、戦いを知りません。 ですから、愛への道は戦いを手放す道でもあります。 その道の上では、愛の奇跡によって、すべての問題が癒されるのです。 これは、この世界に慣れ親しんだ心(自我)にとって、 恐ろしい選択です。 攻撃してくる何かが見えているのに、武器や盾を手放すことなど、 できるはずがないと思うのは当然です。 私たちがこの世界を信頼している分だけ、つまり、 私たちがこの世界に力を与えた分だけ、私たちは、 世界から攻撃されているという体験をすることになります。 ですから、愛は、いきなり武器や盾を手放すように言うのではなく、 私たちが手放しやすい問題において、愛の奇跡によって、 それが癒される実例を示し、愛への信頼を育んでくれます。 私たちは、愛の奇跡が確かに問題を解決してくれることを理解し、 自我の解決よりも、愛の奇跡のようが頼りになり、 幸せをもたらしてくれるのだということを学ぶのです。 それは、最初は、限定された範囲に適用され、やがて、 あらゆることへと広がっていきます。 世界の実在ではなく、愛の実在にすべての信頼を戻そうと